「若菜」以降と「鈴虫」について

やっと「若菜」上下を読み終えた。けれどもじっくり読むべき所を先を急いで読んだところもけっこうある。いずれもう一度腰を据えて読みたいところ。「柏木」「横笛」も「若菜」に引き続き、大変近代小説的な巻で、おもしろい。おもしろいの一言で片付けてますが、うならされるような件りがいくつもある。

「鈴虫」の巻は、筋はほとんど進まない。「鈴虫」はあとから挿入されたという意見があるそうだけど(『光る源氏の物語(下)』中公文庫、p. 189)、別人の作という説はないのかな。

「若菜」以降と「鈴虫」について

pearlyhailstone: 「若菜」以降と「鈴虫」について
2010年3月18日 「若菜」以降と「鈴虫」について. やっと「若菜」上下を読み終えた。けれどもじっくり読むべき所を先を急いで読んだところもけっこうある。いずれもう一度腰を据えて読みたいところ。「柏木」「横笛」も「若菜」に引き続き、大変近代小説
pearlyhailstone: 源氏物語の成立順序
2010年2月11日 与謝野晶子は「若菜」以降が紫式部の娘の作だと考えていたという(未読)。和辻哲郎も「源氏物語について」(『日本精神史研究』)によれば複数の制作集団による作業としか考えられないという認識だったようだ。しかし、これらは武田説
Gori ≒ ppdwy632 : 本「窯変源氏物語 〈10〉 横笛・鈴虫・夕霧・御法
以降、小説・評論・古典の現代語訳・戯曲・エッセイ等、あらゆるジャンルに精力的な執筆活動を行う。主な著作として「桃尻娘」 橋本治 『窯変源氏物語 〈8〉 真木柱・梅枝・藤裏葉・若菜上』(中公文庫、1996年) '10/05/23 橋本治 『窯変源氏物語
若菜 (源氏物語) - Wikipedia
10, 賢木, 37, 鈴虫 「若菜」(わかな)は、『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。第34帖。本巻は源氏物語中最長の巻であり、現在では通常本文の存在しない「雲隠」を 飛び出してきた唐猫の仕業で上がった御簾の奥にいる女三宮の姿を垣間見てしまう。それ以降、柏木はますます女三宮への思いを募らせていった。 .... 詳細は利用規約を参照してください。 プライバシー・ポリシー · ウィキペディアについて · 免責事項
源氏物語 - Wikipedia
37, 38, 鈴虫, すずむし, 源氏50歳夏-秋, 横笛の並びの巻. 38, 39, 夕霧, ゆうぎり, 源氏50歳秋-冬 ..... 与謝野晶子は筆致の違いなどから「若菜」以降の全巻が大弐三位の作であるとした。 和辻哲郎は、「大部分の作者である紫式部と誰かの加筆」といった形ではなく、「一 なぜ、紫式部はこれほどの長編を書き上げるに至ったのかという点についても、直接明らかにした資料は存在せず、古くからさまざまに論じられている。
作者 - 源氏物語のすべて=写本・本文・訳=美しい文章と文字(紫式部
与謝野晶子は筆致の違いなどから「若菜」以降の全巻が大弐三位の作であるとした。 和辻哲郎は、「大部分の作者である紫式部と誰かの加筆」といった また文体、助詞・助動詞などの単語の使い方について統計学的手法による分析・研究が進められている。
『源氏物語』講座(巻名)
講座にあたり、言葉の定義について、補足事項をご説明申し上げます。 1 小説・随筆・日記等、人間が書いたものには『』を使用しています。 ふじのうらば 後撰集春下-百の和歌 34,若菜上 わかなじょう 玉鬘源氏に若菜を献ず >源氏四十の賀 35,若菜下 わかな 木 かしわぎ 柏木の病と遺言と死去 37,横 笛 よこぶえ 柏木の横笛夕霧に渡る 38,鈴 虫 すずむし 六条院での鈴虫の鳴宴 番外>「宇治十帖」論争 以前から、42帖以降の、光源氏なきあとの物語「宇治十帖」は作者別人説が言われています。
若菜 (源氏物語)とは - goo Wikipedia (ウィキペディア)
「若菜」(わかな)は、『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。第34帖。本巻は源氏物語中最長の巻であり、現在では通常本文 猫の仕業で上がった御簾の奥にいる女三宮の姿を垣間見てしまう。それ以降、柏木はますます女三宮への思いを募らせていった。
Wapedia - Wiki: 源氏物語
与謝野晶子は筆致の違いなどから「若菜」以降の全巻が大弐三位の作であるとした。 和辻哲郎は、「大部分の作者である紫式部と誰かの加筆」といった また、文体、助詞・助動詞など単語の使い方について統計学的手法による分析・研究が進められている。
大辞林 特別ページ 古典の世界2 源氏物語
五〇50歳, 38 鈴虫 ( すずむし ), 源氏、女三宮のもとで鈴虫の宴。 39 夕霧 ( ゆうぎり ), 夕霧と落葉宮の関係を源氏憂慮。 成立年は未詳だが、紫式部が夫の藤原宣孝に死別した長保三3年(一〇〇一1001)以降、 中宮彰子に出仕したとされる寛弘二2年(一〇〇五1005) 五四54巻の執筆順序についても、さまざまな説が出されており、作者についても、 とくに宇治十帖に先立つ「匂 「若菜上」巻は、源氏が、朱雀院の懇請により、院の最愛の姫であり、 藤壺の姪にもあたる女三宮を正妻として迎えるに至る